美しき秋の女王『ジョロウグモ』其の3
宇品島が冬を迎えました。植物が枯れ始め木々の葉が落ちていく中でも常緑照葉樹の森はみどり色です。私は、空気の澄み切った冬の森も大好きです。
クリスマスの近い12月、森の谷間を歩いていました。
がさがさと藪に踏み込んだ時、目の前にポトリと落ちたものがあります。
「寒くなって死んでしまったのですね…」誰かの声が聞こえました。
ジョロウグモが草むらに手足を投げ出したように横たわっています。その姿を見て、私は強い違和感を感じました。
節足動物であるクモの脚には幾つかの節があり、それを曲げ伸ばしして複雑な動きをします。ヒトの手足にも関節があり、曲げたり伸ばしたりするために、曲げるための『屈筋』と伸ばすための『伸筋』という筋肉があります。ところが、クモは脚の付け根以外の関節には曲げるための『屈筋』しか無いのです。クモは『伸筋』を持たないことで、より強い『屈筋』を手に入れました。
ではどうやって脚を伸ばせば良いのでしょうか?
クモは脚に体液を送り込んで、圧力によって脚を伸ばすのです。ちょうど巻き笛に息を吹き込んでピロピロ~と笛を伸ばすような具合です。
ですから、クモが死ぬと、この体液を送る(圧力をかける)ことが出来なくなり、足は縮まり体は丸くなったように見えます。
今、目の前にいる彼女が、長い脚を伸ばしたまま横たわっているということは、彼女はまだ生きていて体のなかで生反応が続いているのでは…。しかし、陽が高くなり気温が上がっても再び彼女が起き上がって網に戻れるとはとても思えませんでした。
彼女は子グモの頃にこの谷に棲み付き、日々網を張り、獲物を捕り、大きく育ちました。彼女の腹部はしぼんでいますから産卵して新しい命を残したのでしょう。よく頑張ったね…。
オスカー・ワイルドによる『幸福な王子』というお話の最後で神様が言います。
「天使よ、この町でいちばん貴(とうと)いものを二つ持って来なさい」
今日のこの森に天使がいたのなら、きっとこのクモの体を見つけてくれるはず。
アース・ミュージアム元宇品 自然観察ガイドの会
副代表 畑 久美