カクベンケイガニは狩りをするか
8月になったばかりの元宇品、今日は西海岸を南に歩きながら草むらを丁寧に観察していきます。
灯台の下をまわったところで真夏の太陽はゆっくりと沈み、日中の焼けるような暑さが大分緩んだように思われました。「海岸線の観察は半日では足りないなぁ…」遊歩道の傍らに座り込んだ私は海を眺めながら一休みです。
「暗くなるまでにプリンスホテルまで帰りたい…」歩き始めた私が『正断層』の地質ポイントまで来たとき、目の前を小さな影が横切りました。
『カクベンケイガニ』です。
このカニは水中には棲まず、波しぶきがかかる程度の陸上で暮らします。生息域はフナムシとほぼ同じで、アカテガニのように海から離れることはありません。元宇品では遊歩道の石垣のすき間が主な棲み処になっています。甲羅はキャラメル位の正方形で小さな迷彩模様が可愛い。雑食性で浜に打ち上げられた海藻や死んだ生物などを食べます。
私に気づいて遊歩道からわらわらと石垣に逃げ込むカニ達、その中の1匹が自分の体よりも大きな何かを掴んでいます。「えぇ⁉」
こ、これはセミの幼虫、それも羽化寸前の…
今の時期、セミの幼虫は何年にもわたる地中生活を終え地上に出て成虫になります。日が傾いて涼しくなる午後4時頃から、幼虫は地上に這い出し羽化する場所を探して周辺を歩き回り、やがて気に入った木や草に登って地面から離れたところで羽化を始めます。
カニは今の季節、セミの幼虫が地上に這い出すことを知っていて、出て来るところを狙っていたのでしょうか…。そうだ、今日の観察でも海に面した草むらにたくさんのセミの抜け殻がありました。カニの棲み処とその周辺の様子を調べなくては…翌日から海岸遊歩道を歩きセミの抜け殻を探して歩きます。
たくさんの抜け殻が遊歩道沿いの草むらにありました。この写真だけでも6匹分の抜け殻が見えます。幼虫は何故、森では無くこんな海辺のコンクリート際の地面に潜っていたのでしょう…。
あぁ、そうなのか…ここは森の土壌が崩れて流れ出したところです。2018年の西日本豪雨は記憶にも新しいところで元宇品でも数か所で土砂の流出がありました。激しい降雨で幼虫ごと土砂が崩れた場合もあるでしょう。
元宇品の西半分は国立公園として保護され、樹木は近年、幹も枝も根も海岸ぎりぎりまで大きく成長しています。抜け殻がある周辺で幼虫が這い出た穴を探しましたが、どこも落ち葉が厚く積もり見つけることは出来ませんでした。きっと、元宇品のセミの幼虫達は落ち葉を掻き分け地上に這い出して来るのでしょう。
案外、元宇品のカクベンケイガニにとっては、セミの幼虫は食べ慣れたものなのかも知れないなぁ。砂浜の死骸やゴミをあさったり草花や弱ったフナムシを食べたりする印象を持っていましたが、林縁を駆け廻る狩人としてのカクベンケイガニのイメージが湧いてきました。
アース・ミュージアム元宇品 自然観察ガイドの会
副代表 畑 久美